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院長コラム

■PTSD ~恐怖体験が創る「心の傷」~

 不安障害に分類されている「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」は、阪神淡路大震災に遭遇した被災者に多く見られた精神疾患として、一般の方々にも知られるようになりました。

 専門家の世界でも、この診断名が用いられるようになった歴史は以外に浅く、1980年の米国の精神疾患の診断統計マニュアル第3版(DSM-Ⅲ)で取り上げられて以降のこと。それ以前は、多分、別の病名、例えば、心因反応などと診断されていたと思われます。

 通常の体験の範囲をはるかに超える高度な脅威に遭遇し、自分の命や身体の安全をひどく脅かされたと感じることで、症状が始まると考えられます。

 PTSDが一つの症候群として考えられるようになったのは、戦闘体験やホロコースト体験など、想像を絶する恐怖体験で精神に変調をきたす症例が多数報告されたことがきっかけでした。その後、交通事故、愛するものの死、レイプ、暴力など日常生活のなかでの事件でも、激しい恐怖を味わい、典型的なPTSD症候を示すケースがあることがわかってきました。

 米国のグローバルスタンダードの大波が精神医学領域でも席巻しているとも考えられますが、診断基準を取り揃えて、より客観的に診断を行おうとする姿勢には一部共感するところもあります。

 DSMの最新版(第4版)のPTSDの診断基準は(A)激しいショックをともなう脅威に遭遇し、強い恐怖感、無力感、あるいは戦慄をおぼえること(B)以下の一つ以上を体験する。外傷的体験を想起したり、反復的な夢を見たり、その出来事を再体験するような感覚をフラッシュバックとして感じたり、出来事を象徴するものに苦痛を感じたり、生理的に恐怖反応が出現したりすること(C)以下の三つ以上を示す。外傷と関連した思考、感情、会話を避ける・外傷を想起させる活動、場所、人物を避ける・外傷の想起不能・重要な活動への意欲減退・孤立する・感情の縮小・未来を期待しない(D)以下の二つ以上を示す。睡眠困難・怒りの爆発・集中困難・過度の警戒心・過剰な驚愕反応(E)これらの症状が一ヶ月以上続く(F)このため著しい苦痛、社会的、職業的な障害を引き起こす。

 PTSDの症候には、フラッシュバックという侵入的な記憶や、夢や悪夢の中で外傷の再生が繰り返されるといったケースが報告されています。こうした状況下で恐怖にさいなまれた人々は疲れ切り、麻痺したような感覚を体験し、情動的鈍化、他者からの孤立、周囲に対する反応欠如、快感喪失、すなわち「アパシー」と呼ばれる病態を示します。激しい感情の嵐と、感情の欠如が、同じ症例に同時に発現するのです。

 われわれの「こころ」の中で知情意ををつかさどる脳部位は前頭部皮質と、古い脳部位といわれる扁桃核などの大脳辺縁系や、脳深部の視床などの神経核との神経回路網であろうと考えられています。強烈な心的外傷がこの神経回路網に変調をきたすことによって、いわば「こころ」の中に消えがたい傷を負わせたと考えることが出来ます。

 「こころ」に出来た傷をどのようにすると修復することが可能か検討することがPTSDの治療につながります。カウンセリングや心理社会的アプローチとともに、適切な薬物療法が必要です。向精神薬、抗不安薬、坑うつ薬などが用いられ、効果が期待されます。最近ではより副作用の少ない坑うつ薬(神経活動に関与するセロトニンやノルアドレナリンに関連する薬物)が開発され、PTSDの治療に用いられています。

■不安障害 ~様々な病態、解明進む~

 私たちは普段の生活のなかで、実に様々な不安な感情にとらわれることが少なくありません。家のローンや借金の返済などの経済的な不安。嫌な上司に叱責されるのではとか、子供が反抗的で悩んでいるなどの職場や家庭での人間関係の悩み。癌や糖尿病などの病気の心配や年金がもらえなくなるなどの老後の不安など、数え上げたらきりがありません。

 しかし、多くの場合、このような不安を体験しても、それを克服し、なんとか適応し、社会や家庭での自分の活動の場を広げ、それぞれの人生を作り上げていくものと考えられます。

 本来、不安とは、はるか昔に生物が知的能力を獲得したときから、これから起こる危機をすばやく察知し、その危険に対して、対抗するための生態に備わった重要な機能(防衛反応)と考えられているのです。

   人々がそれぞれ元気に生活している場合には、このような不安には耐えられるものであり、日常の生活の中で気にならなくなるものですが、病的な不安はその程度が激しく、克服することが困難になってきます。日常の範囲から多少外れた程度のものから、すぐにも何らかの助けを必要とする苦痛に満ちたものなど、実に様々な不安障害が知られいます。

 不安障害の多くは、今から百年以上も前に精神分析や夢の分析で有名なオーストリアの精神科医フロイトが症例研究で明らかにした、恐怖症、不安神経症、強迫精神症など、かつて、神経症(ノイローゼ)といった病態にほぼ一致します。現在では米国精神医学会による「精神疾患の診断と統計のマニュアル」で、神経症という言葉は全く使われなくなりました。今では日本を含む世界の多くの精神医学にかかわる人々は、ほとんどこの米国製の精神医学に右倣いをしているのです。

   精神医学の世界でもグローバル標準化が行き届いたというわけですが、科学の世界では優れた研究を取り入れてゆき、自分たちのものとして活用することは当然とも考えられます。それによると、不安障害には恐怖症、社会不安障害、強迫性障害、パニック障害、全般性不安障害、外傷後ストレス障害などが分類されいます。

 恐怖症には不安発作がおきた時のことを心配し、逃げることが困難な場所や、助けが得られないような場所にいることを恐れる広場恐怖、人前で恥ずかしい思いをすることを恐れ、そのような状況に不安や苦しみを感じ、避ける社会恐怖などがあります。

 強迫性障害は自分の意思に反して、無意味で、現実に関係のない考えが繰り返し頭に浮かび、その考えを払いのけようとしても、払いのけることの出来ない強迫観念が認められます。また、手を洗わずにいられない、鍵や火元を確認せずにはいられない、ばかげているとわかっていてもそれをしないと不安でたまらないといった強迫行為で悩むこともあります。

 パニック障害は、突然、何の理由もなく不意に不安発作がおこります。突然出現する自律神経系の嵐といえる発作で、激しい不安感にともなわれて、動悸、発汗、身震い、息切れ、胸部の不快感、めまい感などが出現し、気が狂うのではとか、死んでしまうのではと恐れたりします。

 このような疾患がその病態が不明のままであった時代には、治療は困難を極めていました。しかし、現代では、その病因をまだ明らかにできないものの、病態についての解明が進み、症状を和らげる方法が次々と試みられています。

 したがって、このような症状をただ恐れていることはありません。専門的な医療機関(精神科、神経科、メンタルクリニックなど)の門をたたき適切なアドバイスを受け、理にかなった治療(薬物療法、行動療法、精神療法など)をできるだけ早く受けることをお勧めします。

■パニック障害 ~激しい発作と恐怖感~

今回は不安障害の中で、とても特徴的な症状を示すパニック障害を取り上げます。パニック障害は突然、心臓がドキドキする、呼吸が苦しくなる、激しいめまいがするなどの自律神経系の嵐のような身体症状とともに、激しい不安を中心とする精神症状が発作的に発現する病気です。このままでは死んでしまうのではと激しい不安を訴え、救急車で病院に運ばれることがよくありますが、心電図検査やMRI画像検査などの検査では異常が見られません。内科の医師からは当初、狭心症などの心臓疾患を疑われるのですが、検査では異常が見つからず、自律神経失調症、心身症、心臓神経症、過呼吸症候群などと判断されることが多いようです。もっとも、つい最近まで、神経科の教科書でも不安神経症と分類され、精神分析などの精神療法の対象とされていたために、いまだ混乱した状況にあるように思われます。

 今から五十年ほど前に米国の精神科医クラインが、当時「不安・恐怖反応」と診断していた一群の患者に、うつ病に効果があることが見い出されたばかりのイミプラミンを投与したところ、激しい不安発作が劇的に消失したことから、新しい症候群としてのパニック障害が日の目を見ることになったのです。1980年には米国の精神医学会の分類に採用され、広く認知されるようになったわけです。

   かつては、精神療法のみが治療法と考えられていた不安神経症の中で特徴的な症状を示す一群の疾患が、坑うつ薬で治療可能な病態であることが明らかになってきたのです。

 パニック発作はある一定の時間に、激しい恐怖感や不安感とともに次のような身体症状が四つ以上出現します。

(1)心臓がどきどきする(2)ひどく汗をかく(3)身体が震える(4)呼吸が苦しい(5)息が詰まる(6)胸の不快感(7)吐き気(8)めまい、ふらつき(9)現実感がない(10)狂うと思う(11)死ぬと恐れる(12)しびれ感(13)寒気、ほてり

 これらの症状は10分以内にピークに達します。約20分以内に症状が消えることが多いのですが、時には半日も持続することがあります。  パニック障害がはじめて起きてから、次の発作が起きるまでの時間は様々で、多くは一週間以内に二回目の発作が起こります。だんだん発作が出現しやすくなり、ついに八回以上になることが多いようです。

 パニック障害を一度でも経験すると、命の危険をひしひしと感じ、発作に対する恐怖感は計り知れません。発作は突然出現することが多いので、またいつかこの恐ろしい発作が起こるのではと、常に不安感をもち続けることになります。この症候を予期不安と言いますが、パニック障害ではほとんどの症例で出現します。

 また、パニック障害では多くの症例で広場恐怖をともないます。広場恐怖とはパニック発作が起こることを恐れ、助けが求められない場所や逃げ出すことが出来ない場所にいることを不安に感じたり、そのような場所を避ける状態です。

 飛行機や地下鉄などの乗り物やトンネル、エレベーターなどの狭い、閉ざされた空間、美容院、歯科医、スーパーのレジの行列などでパニック発作が出現することが多く、そのような場所をひどく恐れるようになります。

 パニック障害は脳内のセロトニンやノルアドレナリン神経系のネットワークの不調によって発現すると考えられています。したがって、その治療はこれらの神経系を調整する薬物によって効果がもたらされます。治療の基本はパニック発作を完全に消失させることですが、薬物だけでは不十分なことがあります。広場恐怖には段階的に恐れている場所を自ら体験する療法(エクスポージャー)が効果を示します。パニック障害は症状発現後なるべく早期に専門医によって治療を受けることが必要です。治療までの期間があまり長くなると治療効果が不十分でいわゆる難治例となることがあるからです。

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